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2011年8月 7日 (日)

見切仕立、韃靼表具

こんばんは玉木覚です

最近の記事はマニアックな掛軸の様式や補助様式の話が続いているので、少々分かりにくくなってきているかもしれませんねここらへんで一度まとめをしたいと思っていますしかし、かなりマニアックですが忘れてはならない掛軸の様式を紹介したいと思いますので、今日はそのお話にお付き合いをお願いいたします。今日で掛軸の様式に関するお話は一区切り付けさせていただこうと思います。(実際に今日までの記事で、大概の掛軸の様式は紹介できたと思います。)

今日は次の二つの様式を紹介します

①見切(みきり)仕立

②韃靼(だったん)表具

この二つの様式はまったく別個のものではなく、繋がりがあるといわれています。そのお話はあとでするとしまして、『見切仕立』のお話からいきましょう。

3 ←『見切仕立』の例 (模式図) 2_2_2 ←『真の行』仕立の例 (模式図)

『見切仕立』とは現在ではあまり用いることがありません。見た目は『真の行』仕立を変形し略式化したような様式のものです。これは上の模式図で示すように、『一文字』と『中廻』が同じ幅で上下に並んでいます。また、『真の行』仕立の『中縁』の柱が省略され、『総縁』のみが周囲を取り巻く形のものです。なお、『筋』は使わないとされています。余談ですが、柱の太いものを『幢補(どうほ)見切』、柱の細いものを『輪補(りんぽ)見切』と呼びます。

『見切仕立』は武人、佐久間将監(しょうげん)(真勝(さねかつ)、1570-1642)の好みと伝えられてもいますが、台湾の故宮博物館には古軸がこの様式で仕立てられたものが存在するそうです。したがって、『見切仕立』は日本でできた様式ではなく、中国の明時代の仕立様式が伝わったものと考えられています

さて、ここからは『韃靼(だったん)表具』のお話です。『見切仕立』から『風帯』が取り払われたものを『韃靼表具』と呼んだそうです。(これが『見切仕立』と『韃靼表具』の二つの様式がまったく別個のものではなく、繋がりがあるといわれている所以です。)

4 ←『韃靼表具』の例 (模式図)

「韃靼(だったん)」とはモンゴル系の一部族の名称ですが、ここではおそらく明代に北方へ逃れた元朝の子孫に対する呼び名のことと思われます。したがって、『韃靼表具』という名称が中国起源のものなら当時の中国(明)では『見切表具』に対して、『韃靼表具』は格の低いものという認識があったと考えられます。

『見切仕立』と『韃靼表具』は、文人系の作品を掛軸にするときに使われます。よって、この二つの様式は、以前に紹介した『文人仕立』の仲間に入ります。話が横道にそれますが、以前に紹介した『丸表具(袋表具、袋仕立)』は『見切仕立』が元になっているという説があります。このお話はまたの機会に譲りますね。

これらの掛軸ですが、ウチの店をちょっと探しただけでは発見できませんでした。発見したときにはブログに載せますので、すみませんが気を長~くしてお待ちください

掛軸の様式の紹介は今日で一区切りとさせていただきます。かなりの数を紹介したので、次回からはまとめを兼ねて少しずつ整理をしていきますね。お楽しみに~

表具師 玉木楽山堂

http://www.tamakirakuzando.com/

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