« 太刀魚 | トップページ | 第41回 表装美術展 »

2012年9月10日 (月)

屏風の歴史 その2

こんばんは玉木覚です

今日は屏風のお話の続きです。前回は「鳥毛(とりげ)屏風」と呼ばれる最初期の屏風を紹介しました。

今回は平安時代から見てみましょう

平安時代、屏風は宮廷や貴族の住宅(寝殿造)に欠かすことのできない間仕切りや室礼(しつらい)*1の調度として発展しました。そして、これが寺院でも用いられるようになり、屏風絵が発展しました。

*1室礼(しつらい):ハレの儀式の日に、母屋や庇(ひさし)に調度を立て、室内を装飾すること。

室町時代に入ると、紙の番(つがい)の屏風が登場します。紙の番を使うことで、屏風の各扇の結合が強固になり、今までの屏風*2に存在していた隣り合う扇の連結部分の隙間が無くなりました。その結果、大画面構成の絵画を描くことができるようになりました。

*2:平安時代までの屏風は、扇と扇が綴(と)じ紐で連結されていました。

このことが桃山時代の豪華絢爛な金碧障屏風の発展に貢献したといわれていますが、逆に考えると画面連続への欲求が紙の番の需要を生んだのかもしれません。と言うのも、それまでの画面連続の絵画支持体は、鑑賞に不便な巻き物(絵巻)だけでした。すなわち、これを大型化し、しかも一覧的(一度に作品全部を見ること)に、また同時的に多数の鑑賞者に誇示したいという欲求から紙の番が誕生したのかもしれません。ちなみに、屏風絵は絵巻物と同じように多くの場合が右から左へ、右隻から左隻へと時間的な経過を追って描かれています。

次回も屏風の歴史の続きを紹介します

お楽しみに~

<おまけ>
●玉木楽山堂のHPにも『屏風』に関する記事を載せていますので、よろしければご覧ください。
「屏風について」

●当店では『屏風』の作成・修復なども承っております。また、『屏風』の販売も行っています。よろしければ、こちらも併せてご覧ください。
「屏風のご依頼」
「屏風のご購入」

表具師 玉木楽山堂

http://www.tamakirakuzando.com/

« 太刀魚 | トップページ | 第41回 表装美術展 »

文化・芸術」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

趣味」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 屏風の歴史 その2:

« 太刀魚 | トップページ | 第41回 表装美術展 »